山下清が愛したニッポン

ニッポン という響きが懐かしい。
子供のころ、ニッポンと日本をどう使い分けるんだろう と考え込んだことがある。
清さんは、気のむくところに足が向、帰宅先の方たちをハラハラさせながらも放浪を繰り返した。
行く先々の逗留した家の方々のインタビューを織り交ぜ、彼が残していった素朴な一枚の絵を取り出しながらなつかしいニッポンの風景を映し出していた。
かかわった方々が清さんを語るときはそれはもう楽しそうだった。
それがそんなに昔じゃないような気にさせた。

九州の溶鉱炉の町八幡から帰ってから描いた花火が白っぽく描かれているのはとても面白かった。
そして、彼は島根県松江市にも立ち寄っていた。
素朴ないい感じの湯町窯の窯元に、彼が陶器に描いたタイルや皿絵が残されている。
本人はあまり乗り気じゃないみたいだったが、スポイトを使って大皿やタイルに描かれた線画は可愛かった。
おばけや、昆虫、桃からうまれた桃太郎…邪気がない。
思い出を語る窯元の人たちの郷里の出雲弁が何んともよかった。
「ゆっくりとしていて、ものがでける」
先日子供の頃、向いどおしに住んでいた幼馴みが上京してきたので、横浜の海を見ながら語り合った。
・・よこはまの波止場を見たことはないが、クレヨンで画用紙いっぱいに大きく客船や水兵さんの絵を描いた…そんな頃からの友達と肩をならべて横浜港をみるなんて夢にも思わなかった。
彼女の話す、出雲弁のイントネーションはなんともここちよくそのままオンボラとした懐かしい少女時代に帰ることができ、何でも許されるような気がした。・・少女は大人になり荒波をザンブザンブと乗り越えいつのまにかシニアになった・・・
湯町窯には作業場の続きに、使われなくなった登り窯がそのまま残されていた。
陶芸を始めたので、釉薬の入ったバケツや作品が並ぶ棚など作業場が映し出されると興味を持って見つめた。
・・・この窯の温度が、次の窯に移り、そのまた次に移り・・・登り窯はうまくできてますよ・・
しかし近隣の家々が新築になり、窯から上がる煙が公害といわれるようになり登り窯は止まり、今は灯油やガス電気を使っているという。
・・・ゆっくりとしていて、ものがでける・・・
番組が終わった後も、友人と別れたあとのように何ともやさしい余韻が残った。
マイペースで線路伝いに歩いて、ありのままを残して行った山下清、やはり天才だ。


島根県の湯町窯
http://ucgi.yuyujin.com/other-html/about-yumachi.html

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