二男の誕生日

今日は二男の誕生日だ。
桜が咲き始めたまだ寒さが残っている頃、弟が生まれたといわれてもまだよくわからない1歳半の長男は、産院のベッドで小さな赤ちゃんを覗き込んでそのままずり落ちていった。
お腹の中でも、心配をするくらい静かな子で、たまに<生きてますよ>と、のそっと動いて見せた。
生まれてからも予想通り、のほほんとした動きで、きょうだいでも勢い余るお兄ちゃんとは真逆な男の子だった。
私の父は、生まれた頃の二男の顔が自分に似ていると多いにお気に入りで、よく抱いてくれた。
母は40代だったのでパワフルで、毎日愛おしそうに湯あみをさせてくれた。

里帰り出産を終えて帰宅してからは大忙しの日々だった。
何でも面白がる長男は、喜々として赤ちゃんの面倒をみようとした。
お隣が家族ぐるみで子どもたちを可愛がってくださり、おかげで時間的にもひとりづつを抱きしめるゆとりを持たせてもらった。
恩人は、私たちが引っ越して居なくなった後、毎晩子どもたちを思って枕を涙で濡らしたと言われた。
ありがたく今でも感謝をし続けている。

幼稚園の頃は、三月末に生まれているので体格も行事にも何かと出遅れていた。
しかしあせることもなく、いつも他愛なく笑顔でいた。
きょうだい三人で揉まれ何かとはじき出されることが多かったが、さしたる焦りも見せず譲ってはたのしんでいた。
私はきょうだい三人の真ん中だったので自分ではなにかと不満があったので、二男には何かと気を掛けるので娘から「甘い!」と不満が上がった。
その二男も、中学生の頃からは少し難しくなり心配する私に、長男は「問題ない、あんなもんだ」
片目をつぶってやり過ごすこともあった。
いつしか二男のことを宇宙人みたい?!と思っていたところ、娘から「お兄ちゃんは、あんなやさしいひとはいない」と思いがけない言葉を聞いた。
きょうだいだからわかるものがあるようだ。

大人になったきょうだいがまずは仲がいいということがいちばんうれしいことかもしれない。
今年は初夏の頃、二男には次の女の子がうまれて二人の子の父となる。
二年前、初めて父親になった時の顔は初々しくしあわせそうだった。
その時フェイスブックで自分に誓った言葉を胸に、親となりより人生をふかくたのしんでほしい。

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